転職業界の歴史1(江戸時代)

転職業界の歴史1(江戸時代)

日本の歴史の中で「転職」というのはいつ始まり、広まっていったのでしょうか。

 

バブル期の前は高度成長期の「終身雇用」で転職はほとんどなく、転職が盛んになったのがバブル期以降という見方が一般的です。

 

では、バブル期の前の高度成長期のその前はどうだったのでしょうか?

 

だいぶ昔からになりますが、江戸時代から見てみることにしましょう。

 

軽い息抜きの読み物としてご覧いただければ幸いです。

 

武家社会で転職することは難しかった

 

江戸時代は武家社会であり、統治機構の頂点に徳川家の江戸幕府がありました。

 

各地域に藩が存在し、いわば自治体としてそれぞれの地域を治めていました。

 

各藩では武士の地位が禄高によって決まっており、特定の役職は特定の家系の武士しか就くことができませんでした。

 

武士はいわば現在で言うところの「公務員」です。

 

警察や役所、裁判所のような役を担っていました。

 

江戸幕府は武断政治により各藩に目を光らせており、1650年、三代将軍家光のころまでは些細な事で藩を減封、改易していましたので、主君を持たない浪人が世に溢れました。

 

現代で言う「リストラ」に遭った人たちです。

 

ついにはこうした浪人たちが家光の死後、慶安の変(由井正雪の乱)を起こすことになり、世間を揺るがせました。

 

浪人となって他の職業で働く人々も

 

その後、幕府は武断政治を改め、文治政治(法律や学問によって世の中を治める仕組み)によって社会の安定を図ろうとしました。

 

主君の意に沿わず浪人になった場合は、「奉公構」(ほうこうかまい、ほうこうかまえ)といって他家への召し抱えができないように通達したため他家や他藩に再就職することはできませんでした。

 

時代劇にもよく取り上げられますが、江戸時代全体に渡って、武士の浪人は多く存在しました。

 

他の藩に士官するものや、道場などを開き、武芸で身を立てるもの、用心棒として雇われたり、学術や芸術で活躍したりする者もいました。

 

浪人というと、無頼者、乱暴狼藉を働く者といったマイナスイメージがあるかもしれませんが、実際にはそのような者たちはごく一部で、ほとんどの浪人は善良であったと伝わります。

 

戦争のない太平の時代でしたので、武芸に優れた者よりも、例えば、算術に優れた者、治水や土木に詳しい者、焼き物の目利きができる者など、スキルのある者がどこでも優遇されたようです。

 

現在の転職事情に似通っているものがあります。

 

幕末は個人のスキルが活かされた

 

江戸時代の武家社会はそれでも門閥構成が強く、近世を迎えて時代の変化に対応できなくなりました。

 

やがて黒船来航から下級武士でも学問を修めた者が登用されることが多くなりました。

 

将軍直属の立場である「旗本」も、豪農などの一般庶民がまず御家人株を買って武家の養子に入り、そののち旗本の養子となって旗本を継承するということも行われました。

 

幕末の幕臣で有名な勝海舟も数世代前までは農家でした。

 

しかし江戸幕府は全体的には旧態然とした門閥構成にとらわれており、いち早く門閥構成を崩して有用な者を登用していった薩摩藩、長州藩などが幕府を倒すことになりました。

 

 

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